Go to NoobowSystems Lab. Home

go to Geotrafficability Survey

Tsuru Toge Pass

鶴峠 / 冨士の越


富士の越

    甘楽町の小幡は古くからの武家屋敷の街で、以前は知る人ぞ知る歴史の散歩道という感じでしたが、 いまでは遺構の復元や公園整備などが進み、 週末には多くの観光客が訪れるようになりました。 いっぽう、整備もされず放置され、時の流れに消えていこうとしている歴史も多くあります。 その土地の人々がどのように暮らしていたのかなどということはどこの町にも村にもあることだし、 それが大河ドラマのワンシーンにでもならない限り、 お金をかけて再整備しようなどとは思われないでしょう。 奇妙に湾曲した形で再整備されるくらいなら、そのまま忘れ去られるのが本来あるべき歴史なのではないか、 と思ったりもします。

    その昔、旅行などおいそれとできなかった時代、 だれも一度も目にしたことのない富士山に思いをはせるのは自然なことだったのでしょうから、 xx富士と名づけられた山が多いのも不思議ではありません。 そして小幡には、小幡富士。

甘楽野今昔物語(かんらの むかしがたり) 深澤 武 昭和60年 あさお社 ISBNなし p195

甘楽町の峠路 より抜粋
        富士のこしの山道は、恩田、城の人達が轟へ買い物に出たり、轟の人達はこの路によって富岡にでたのである。 この山道を歩いてみれば、歩くことが交通の手段であった時代には、小幡旧町内を廻ることに比べて、 空間も時間も思いの外に短縮されていることに、気づくことである。

    「轟」はトドロクと読む集落。 すこし不思議に聞こえる地名ですが、「等々力」などとおそらく語源は同じ、水の流れが急な沢の水音を由来とする地名、とされています。

    須田 茂さんの「群馬の峠」には「鶴峠」が掲載されていて、ここはまた「冨士の越」とも呼ばれるとあります。 同書には鶴峠は「甘楽町地名考」に表れていると書かれています。 甘楽町地名考を読んでみると、冨士の越の解説として、

甘楽町地名考 関口 進 著 2001年12月刊 p016

冨士ノ越 (フジノコシ)
        小幡長巖寺の南西に聳える里山(標高351メートル)の山で、通称『小幡富士』とも呼んでおり、『小幡八景』の一つである「連石秋月」がこれである。 この山の西方鞍部が峠になっており、轟(谷)から善慶寺、小幡(光善入)、富岡方面に出る道であった。 『越』は『腰』で山の腰回が地名になっている例もあるが、この地名の越は多分山を越すの意であろう。
光善入 (コウゼンイリ)
        冨士ノ越の西下方の谷地名。 この谷が轟へゆく富士ノ越峠(ママ)の入口になっている。 今この入口に甘楽町故郷センターがある。 かつて、この谷は始めから『空善入』と言っていた。 それは、善慶寺を開山した空善律師に因んだ地名だったが、何時の間にか光善入になってしまったと言う (現甘楽町町長黒沢常五郎氏談)。
        これは、古代における『地名二ハ嘉名ヲトレ』のお触書のように、『空』を嫌って『光』に書き換えたのである。 このように瑞祥地名に変えた例は幾らもある。


    いっぽうで「甘楽町之地名」(甘楽町地名調査会 1999年) には掲載されていません。

    「甘楽町之地名」では「冨士の越」は小幡冨士と呼ばれる標高351mの山の南稜線を越えるのでその名があると書かれており、 経路の記述は明治40年の五万図の小径(幅1m未満)の作図と一致しています。

    これらのことから、当時は「冨士の越」として呼ばれていて、ことさら「鶴峠」とは呼ばれていなかったのではないかと思います。

    富士の越あるいは鶴峠は、甘楽町史の「九 交通・運搬・交易」セクションには記載がありません。


おやきを食べて鶴峠へ

    2014年4月、 那須峠 新入山峠 と林道走行を楽しんで立沢ダムに降りました。 さあて、まだ時間があるからもう一回りしていこう。 おなかがすいたので南後箇・善慶寺を抜けて小幡の信州屋さんに行ってまずは軽食をとることにしました。 信州屋さんのコーヒーを飲みつつ、Noobow7200B Dell Latitude10のSuper Mapple Digital 14で地形図を表示させルートを検討します。 すぐ近くということで、以前からの研究課題としていた鶴峠へ行くことにしました。 この峠、信州屋のおかあさんに尋ねても、聞いたことがないとのこと。 郷土史研究家を除けば、地元の人であっても一般の人からは忘れられている峠のようでした。

    いずれにせよ、はたして踏み跡は残っているものかどうか? 轟の民家の裏山をうろうろしていると不審者と思われてしまうかもしれないし、 西側の城 (じょう) からアプローチすることにしました。 こちらは城山林道が通っていて、いまでは国峰城址を見に行く人か杣人しか通らない道のはず。 信州屋さんで追加で頼んだソフトクリームをなめながら、鶴峠の座標をNV-U37にアウトドアモードでの目標地点として設定しました。 最近熊が出るからね、気をつけてね、熊よ、熊。 近年鉄砲打ちが減って熊も鹿も猪もやたら増えているのはじゅうじゅう承知していますが、 代金を支払って出発するときにことさらに念を押されてしまってはさすがに警戒レベルを上げなくてはなりません。

    城山林道もまた荒れたデリカ級。 近年整備は入っていないようです。 NV-U37の国土地理院地形図を見ながらおそらくここに登り口があるはずと思った場所に着いてみると、 あった、ここだ。

    NV-U37をとりはずし、熊よけとしてdavekoz.comの録音をかけながら森に入ってみます。 もはや通行はかぎりなくゼロに近いと見えて、踏み跡は残っているものの、複雑にからんだ樹木に行く手をさえぎられ、 アドベンチャー状態。 でも森の中を進むと、やはりここはかつて人の手で整えられていた山であったことがわかります。 桑の木が手入れゼロで伸び放題なものの、正確な等間隔で植わっています。 その先の杉も等間隔で整列していて、けれど手入れは近年されていないようです。 見捨てられた山か・・・そう考えながら、おっ、峠だ。

    峠の稜線からは轟の集落が見えました。 富岡の町で買ったお土産を手に、喜ぶ子供の顔を目に浮かべ、さあもうすぐ我が家だ・・・と昔の人はここでそう思ったことでしょうか。

    短い峠道だし、高低差も50mでしかないので、下まで降りてみようかとも考えましたが、100mほど降りたところで轟側の道はすっかり藪に没していました。 峠に戻り、城側に下る途中の森の中でルートを見失い、上り始めたところと60mほど離れた地点で城山林道に出ました。 ま、こっちのほうがすこし歩きやすかったしね・・・とごまかしたとしても、森の中で迷わないというのは難しいものです。

    城山林道から枇杷久保で国峰林道につなぎ、途中で 大日峠 の北側登り口を探しましたが、こちらは明確な入口を見つけられませんでした。

    名前が地図に書かれていない峠、 昔人々に毎日利用されたのに今では知る人もいなくなった峠。 近場だけれどハードなお散歩でいのぶ〜はまたまた泥だらけになってしまいました。

2014-04-28 鶴峠 (冨士の越) [初]

Entry point to the Tsuru Toge


Peak at the Tsuru Toge


Track of Tsuru Toge trekking

城山林道再訪

    前回2014年に鶴峠を訪れたとき、すぐ近くを通過しながらも城山峠 - 標高428.4mの城山の南東鞍部 - は通過していませんでした。 すぐ近くだからいつでも来れるので優先順位低のまま、すでに2年が経過。 本日近くを通りかかったのでちょっと寄って行こう、と家族3人で城から城山林道に入ります。 林道への入り口には「城山へは悪路なので観光の車は十分注意するように」との看板。 それを見てもヨメもポゴも心の準備以上には恐れません。 今回はファルコンだしね。 しかし荒れて急坂の軽トラ級。 D:5だったら入らなかったでしょう。 そこを1速ホールドにしたファルコンはぐいぐい登っていきます。 途中折れた竹が道を塞ぎ、これはポゴが除去。 次いで現れたのはたいして太くない杉の倒木。 ダメかなと思いましたが、道に沿わす形に移動して、細枝を何本か折り、これで大丈夫。 しかし最後には道を完全にふさぐ倒木。 チェーンソーかハンドウィンチを使わない限りは撤去不可能。 峠への分岐まであと30mばかりのところまで来たのだけれど、 残念、今回は撤退。

    前回いのぶ〜で来たとき も道はかなり荒れていましたが、少なくとも通行不能な倒木はありませんでした。 立派な石碑が立っている国峯城の城址公園は、もはや維持管理の手も入らず、荒れ放題になっているのでしょうか。 城山峠は、ひきつづき私の課題リストに掲載されたままです。

2016-09-19 城山峠 [城山林道倒木のため到達できず]

Jyoyama Trail was closed due to fallen tree


Go to Geotrafficability Survey
Go to NoobowSystems Lab. Home

http://www.noobowsystems.org/

No material in this page is allowed to reuse without written permission. NoobowSystems has no business relationships with the commpanies mentioned in this article.

Copyright (C) NoobowSystems Lab. Tomioka, Japan 2015, 2016

Sep. 21, 2015 Page Created. [Noobow7300 @ Ditzingen]
Sep. 19, 2016 Updated. [Noobow9100D @ L1]